2009年03月の読書記録

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2009/03/03 伊坂幸太郎「死神の精度」

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連作短編で最終作に登場する老女がキーパーソンになる、という構造は「愛がいない部屋」にそっくりだ。しかし、全く関係がないように見えた連作が収束する鮮やかさは、本作が格段に上だ。伊坂幸太郎は巧い。オーデュポンが「案山子」を受け入れることでめくるめく世界に連れ去られる体験だったのと同様に、本作では死神について行くことで思いがけない世界の断面を覗くことになる。さりげなく時間の淵を越えて、いろいろな人生を俯瞰する。この世には客に来ているのだなあ…と思う。個々の人間ではなく命の連なり、想いの連なりに意味があるのかな。

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2009/03/05 伊坂幸太郎「魔王」

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千葉だ。千葉が出てきて、良く話をする…という描写が出てきた時点で「逃げてー!」と思うのだけれど、それはかなうはずもなく。マスターと政治家の関係は明らかにされない。金を稼いで弟が、金を使って何をしようとしているのかも明らかにされない。兄の能力が弟に影響しているのかどうかも明らかにされない。ひょっとして、続編「モダンタイムス」で明らかにされる点がいくつかあるのだろうか。楽しみでならない。

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2009/03/06 平山夢明「独白するユニバーサル横メルカトル」

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このミス大賞受賞と言うことだけれど、ミステリ色は薄い。はっきりくっきりの鬼畜系だ。思いっきりのスプラッタだ。ただ、私の場合はいろいろと耐性もあるので吐瀉物、排泄物については、個人的には別にどうと言うこともない。人体損壊シーンも躯幹に関してはなんともない。腹を掻っ捌いて内臓がデロデローというような描写も平気だ。最終作の顔面、手足に関しては若干手足から力が抜ける感覚を味わったけれども、現実(リアル)のなまものには程遠い。

オマージュになりきれずパクリに見えてしまう作品が多く感じたのは、濃厚な味付けとして作者がつけた鬼畜風味が私的には効いていなかったため、素材が透けて見えたということかな。

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2009/03/07 大塚英志黒鷺死体宅配便

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霊能力を絡めずに、遺体を観察することで死者の語りたかったことを汲み取る…という話だと考えればドラマ「VOICE」にも繋がる。「独白」に引き続いてのスプラッタだけれど、原作者の照れがあるのかホラーに徹しきれずにコメディ色が強くなっているのが、若干残念。同じ原作者の「サイコ」の絵描きさんと組んで、思いっきりのホラーに仕上げても良かったかもしれない。

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2009/03/08 大塚英志黒鷺死体宅配便2」

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一冊通じて謎の葬儀社を巡る連作。反魂の術の女の子は使い回しの効く良いキャラだと思うのだけれど、この一冊で引っ込んでしまったみたいで残念。やいちの能力も謎だけれど、反魂の術についても謎ばっかりだ。何の説明もないのだけれど、まあ仕方ないかな。

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2009/03/09 大塚英志黒鷺死体宅配便3」

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今回のテーマは臓器売買。とは言っても、大上段に振りかぶったテーマと言うより「題材」という扱いかな。それはそれとして死にかけの体全体より、壊死した腎臓の方が「声」がでかいというのはいかがなものか。ドグラマグラ的に脳以外の臓器でも思考しているという話はあり得ると思うのだけれど、行きすぎると死んだ皮膚の細胞である垢さえ思考したり、声を上げたりするってことになるかも知れない。これは…どうだろ?

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2009/03/11 森見登美彦太陽の塔」読了

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ここのところ数冊続けて鬼畜系ばかり読んでいたので、本作も「私」がいつ鬼畜系ストーカーと化して水尾さんを襲うのかと気が気でならなかったのだけれど、さすがに杞憂で終わりました。自意識が肥大した若者の妄想がぐるぐる渦巻く話なのだけれど、これがファンタジーかと言われると心許ない。本当に爆発だっ…の太陽の塔について話だったんですね。大阪、京都から遠く離れて生きているので、京大生と太陽の塔の距離感が良く分からなかった。主人公と水尾さんが別れなければならなかった理由が良く分からなかった。このストーカーはなんだろうって思っているうちに、確かにファンタジーの世界に連れ込まれてしまったみたいだ。最後の方では現実の輪郭がだいぶあやふやに滲んでしまった。なかなか不思議なテイストだ。ちょっと他の作品を読むのが楽しみかな。

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2009/03/13 森見登美彦「四畳半神話体系」

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これはパラレルワールドSFであったか!
解説やカバー裏の紹介を読まずに本編に突入してしまったもので、一作目から二作目に移行した時点で強烈なデジャヴに襲われ、大きく戸惑ってしまった。仕組みが掴めてからは、登場人物たちが次はどんな役柄で登場してくるのか楽しんで読み進める余裕が出てきた。役柄が微妙に違っても途中経過が違っても、最終的には着地点が一緒になる。きっとテーマは、ここいら辺りの近所に潜んでいるはずだ。コピペを多用しているので読み飛ばしても良いかと思ってしまうのだけれど、どうも所々巧妙に書き換えを潜ませたりしているようだ。なかなか狡猾だぞ。日常から全く遠く離れた四畳半大縦断の旅を経てさえ、最終的には明石さんにたどり着くのだ。そして、この大縦断の旅を通じて本作が平行世界SFだということに気付かせられる。でも、小津は全作品を通じて同一人物なのかも知れない。登場人物も舞台も小物もエピソードも共通で、パラレル。4編ではなくどこかに「半」を仕込んでいるのではないかと邪推。

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2009/03/16 ムック「MAD動画マニアックス」

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ついついハマって、ついにはニコニコ動画のプレミアに加入してしまった見る専の私が改めてMADの世界を概観するマップとして重宝しそうなムックであります。見たことがないジャンルの動画は実際に本書を片手に検索して見る予感。ただ、演奏してみた動画にピアニート侯爵が取り上げられていないなど、納得がいかない選択もありますな。

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2009/03/20 J.P.ホーガン星野之宣「未来の二つの顔」読了

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ホーガンの原作から既に30年か。30年前にこんなコンピュータの行く末を思い描き、10年以上前に画像として結実させていたというのは驚異的だ。それにしても文庫版で手に入れたことを悔やむ。これは大判で見るべき作品。まあ、星野之宣の作品は全部そうなのだけれど。

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2009/03/21 森見登美彦夜は短し歩けよ乙女

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基本的に語り手は安下宿の万年床を根城とする大学生。ここは前二作と変わらず。しかし、本作ではもう一人の語り手として黒髪の乙女自身が登場。主人公の「先輩」と乙女の二元的に物語が紡がれていく。ストーカーだったり、無限ループから抜けられなかったりした前二作より幾分は主人公のキャラクターは良い方向に向かっている気がするが、それでもイケメンとは言い難い。やはり四畳半の湿った畳、得体の知れないものが生えていそうな押入れが良く似合う。一方の乙女は思いっきり可愛らしい造形が施されている。背丈は小さそうだけれど、いやらしい中年親父が揉みたくなるほどの乳はあり、切りそろえた黒髪が艶やかな外観から思いもよらないくらい酒が強い。行動はと見れば奇天烈で、得意技がロボットダンスのような足踏みだ。これは、先輩でなくても惚れてしまう。読書中にメモを取ることはままあれど、久しぶりに「落書き」をしてしまった。大きな錦鯉のぬいぐるみを背負った乙女の図だ。これが思った以上に下手糞な出来で、絵描きとしてのブランクの大きさに思わずため息をついてしまったのでありました。「後書きに代えて」の羽海野チカさん作のイラストとチョイスが一緒だったので、ちょっと笑った。

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2009/03/24 桜庭一樹砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない

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海野藻屑…というだけで明確に虐待に当たるのではないかな。悪魔くんが問題になったように、出生届を受理した役所はこんな名前を付けようとする親はオカシイと思って問題にしなかったのかな。プロットを抜き出して単純化してしまえば「生まれたときから親に虐待されたせいで、ちょっと変になっていた子と友達になったんだけれど、結局、虐待死しちゃったんだよね」というだけの話。話題になったのはラノベや美少女モノの皮をかぶり、文脈を利用して、上述のストーリーを編み上げた点だろうと思う。しかし、ディテールの描写や組み立てが甘くて骨組みが透けて見えるため、私は乗っていけなかった。

海野もくず…と書けば、これは大傑作「いつか猫になる日まで」の主人公。ただし、あだ名だし、名付けた友人が理由があって意図的に「こんなひどいあだ名で呼んでごめんね」と自覚的につけた名前。このあだ名を受け入れてしかも件の友人と主従関係とか面倒くさい力関係なしに、普通に親友称している時点で主人公の人物像が浮かび上がってくる。そんな主人公だから、人間に殺されるどころか創造主とタイマンを張ろうと本気で思うのだろう。

海野藻屑と海野もくずは全く違う。

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2009/03/25 桜庭一樹少女には向かない職業

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ラノベ風味、少女版「青の炎」を目指したけれど、7合目で力尽きた…という感じ。飲んだくれの母親の再婚相手を病死に見せかけて殺したけれど…という前半のプロットは全く同じ。協力者の少女が本当のシリアルキラーで超然としていればまだしも、かなりのドジっ子なので雰囲気ぶち壊し。このストーリーに萌え要素は不要なのではないかと思う。後半のどたばた殺人も蛇足感たっぷり。むしろ主人公の想像にある通りの超然とした謎の美少女に導かれ、次々と完全犯罪に手を染めてしまった主人公の絶望感…といった流れを期待していたのに、告白&懺悔で終わりとは物足りない。警官がやってくるくだりなど中途半端にリアルで萎えた。

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2009/03/28 菅浩江「そばかすのフィギュア」

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自分との対峙を繰り返し描く作家だ。「五人姉妹」の時からクローンを題材に取り上げることが多く、本作でもクローンだったりコンピュータ内人格だったり、いろいろなバリエーションで自分対自分の対立、止揚を描く。表題作もモデラー少女と写し身的なフィギュアを通じて、少女自身の成長の一断面が描かれる。この表題作が一番人気だというのは、とてもわかるな。

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2009/03/29 早川いくお「取るに足らない事件」

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いや、本当にタイトル通り。
へんないきもの」のキレはなし。